ある医師の直観


先月の内容になりますが、


世界初の移植手術が


成功したとのニュースについて。

 


 

肺が縮んで固くなり、呼吸が困難になる難病「特発生性間性質肺炎」の手術が


岡山大学病院の大藤剛宏准教授の元行われました。

 

2歳の男の子は、当時人工呼吸器をしていても酸欠になる程の


状態だったそうです。



肺移植の権威とも言えど、執刀することに迷ったそうで、

 

以下 インタビュー全文。

 


「肺移植をやったがために、息の根を止めてしまったという事が

 

これは起こりうるんですね。

 

 

ですから、肺移植が最後の命の・・命のともし火を消す

 

要は、息の根を止める方法になってはいけないので、

 

これは逆に、僕は(肺移植を)やらないという決断を

 

しないといけないんじゃないか、

 

っと、そして実際に患者さんのお部屋に入って

 

何かこの子は生きるか それとも手術してもダメかって言うのは

 

何かこう・・・データーではいい表せられないモノを感じるんですね

 

直観的に。

 

この子は当然意識もありませんでしたし、ただなすがままで

 

人工呼吸器をされていた。 ただ『いける』と思ったんですよね。

 

こう。。なんと言うか体の・・まぁ身体から発せられる

 

まぁその生きようとする まぁオーラというか力と言うか。。。」




このインタビューを聞いたとき、思わず目頭が熱くなりました。


何故なら、公共の電波で医師が「オーラ」と言う表現方法を使ったから。


見える人にしか見えないオーラ。


そんなものはない。科学的に証明してみろ! という人は


世の中にゴロゴロいます。



でも本来人とは、見えない物を感じる能力はあるのが


当たり前なのではないでしょうか?


見えない、でも確かにあると感じる何か。



昔から「胸騒ぎがする」「虫の知らせ」と言う表現方法があります。


当然の如く、実際に虫が知らせてくれ訳ではありません。


でも、「なんだか虫の知らせがして」と言ったところで、


「虫が知らせる訳ないだろ」と


突っ込む人はいませんよね。


暗黙の了解で、何かを感じたと皆分かります。



そんな、見えないけれど感じる感覚。


それが現代では「スピリチュアル」と言う言葉になっています。



そう言う意味で、本来みんなスピリチュアルな存在なのだと


思うのです。



そして、世の中のスピリチャリティーへの否定が無くなれば無くなる程


それが真のエコ活動になると信じています。



何故なら、目に見えない物をも信じ・否定せず


非科学的なことも認める事が、自然への この地球への


宇宙への敬愛へと繋がるからです。


そうすると、自ずと何をする事が一番良いのかが分かります。



これが、形式上のエコ活動よりも、もっと大切なことなのでは


ないでしょうか。